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川上チームからの報告その1

多少順番が前後しますが、川上チームからの報告です

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活動期間:平成23年5月5日-平成23年5月9日)
活動拠点:石巻赤十字病院
活動内容:石巻地区周辺の避難所、救護所の救援活動(エリア7)

チーム構成員・川上万里(医師;まび記念病院)・大北まゆみ(看護師; 特別養護老人ホーム富山荘)
・・・・・・・・・・・・・岡本華枝(看護師;長島愛生園)・山下明宏(医療事務:林病院)

<5月5日(こどもの日)>
早朝岡山空港に集合。同行予定の大北まゆみさん、岡本華枝さんと山下明弘さんと初めて会う。
所属病院が全員異なる混成のチーム。医師会から理事松山先生と事務長の原様の二名の見送りあり。
「日本医師会JMAT」とかかれたメッシュベストを手渡されて,GWでレジャームードが漂う機内へ。

kawa-1.jpg

飛行機は1時間半後に羽田空港に到着。そこからハロートーキョーのハイエースで石巻へ向かう。
途中二回パーキングにて休憩有り(上河内と菅生)。
東北に入るとパーキングに簡易トイレ設置有り,自衛隊車が多く駐車している。
迷彩色の自衛隊員の姿が多く見られ、我々と同じように食券売り場に並んでいる。
めいめいで食事を注文したが、申し合わせたように二人が蕎麦、二人がうどん。
草食系の私たち、というよりも緊張のためかあまり食欲がないのだ。

kawa-2.jpg

GWは後半にかかり、上り方向の渋滞は目立つが、下り方向はスムーズ。
15時頃石巻日赤に到着。駐車場はすべて無料化していた。
正面玄関は閉鎖していたため救急外来口から中に入った。救急外来受診を待つ患者が静かに並んでいた。

登録のために本部へ向かう。
それから全統括を県知事から委ねられているという石巻日赤の石井先生から説明を受けた。

まず「このあと赴くいろいろな場所で再び地震と津波が起こったときにどこに非難するかを考えてください」と言われた。
これから湊小学校に向かうが、それが石巻のどのあたりにあるのかわからない。
壁にある大きな地図を見ても方角も高低もわからなかった。
事前情報無く入ってしまった自分の甘さを感じたがあとの祭り。

石井先生の言葉は医療に及び、支柱病院のひとつであった石巻市立病院が浸水のため機能しなくなってしまい、
日赤一院に救急医療が集中。日赤は全部断らない方針で毎日救急外来には200-400人の患者が出入りし,
野戦病院のようであるとのことだった。
避難所に向かう私たちに言われたのは「被災者の自立を促す医療を」ということ、
加えて「震災以前以上の医療を目指すのではなく」というものだった。

既に市内の医療機関、薬局などの多くが元に戻りつつあるという。
説明を聞いたあとで、前班と引き継ぎ予定の湊小学校へ向かった。

そちらへ向かうにつれて光景がテレビで見る「被災地」の風景に変わった。
舗装道路に亀裂が入っているのか、あるいは瓦礫の除去がうまくいかないのか、車はしょっちゅうたてに揺れた。信号機が灯らないので速度が落ち、海沿いに向かうにつれて渋滞した。

16時に湊小学校に到着して降車したとき目が痛かった。校庭は自衛隊車含めて駐車場になっていた。

校舎に入ると正面に大きな仏壇とたくさんの位牌があった。持ち運ばれたり、拾われたりしたものだろう。
診察室になっている「二階 家庭科室」を目指す。
歩いていると壁には激励の手紙や寄せ書きの旗などが貼られていた。
家庭科室は段ボールで仕切った四つの診察室が出来ていて、共有スペースに紙カルテと薬剤などが並んでいた。
そこで江口班から申し送りを受けた。

kawa-3.jpg

窓から校庭を見下ろした。江口先生から正面のテントが自衛隊設営風呂だと説明された。
「希望の湯」と幟が立っていた。タオルのはちまきをした人達が校庭を行き来している。
「この三日間で校庭もどんどん変わっていったんだよね」と江口先生の言葉だった。

kawa-4.jpg

「もし津波が来たら?」と質問すると、「高台までは早歩きで10分の距離で間に合わない。
津波は小学校の二階まで来たと言うから,屋上までいけば大丈夫ではないだろうか」という返事を得た。
避難所は高齢者も多いというのでそれが良いだろう。

16時半からエリアミーティングに初参加。福岡日赤がエリアリーダー。
当班のほかは鳥取県医師会、北多摩医師会。

湊小が主体となる「エリア7」の属する医療班は午前中は同校での診療で、
午後は各避難所の巡回というのが一般的だった。
ミーティングでは各避難所巡回の報告も行われた。

この日岡山班は「湊中学校」を巡回していた。そこで避難所の境遇にも差があることを知らされた。
前班を見送り、現地用の車の鍵をもらって山下さんの運転でふたたび石巻日赤へ向かった。

日赤では18時より全体ミーティングがあり、この折も日赤からは「被災地診療所の縮小」が提案された。
また「ショートステイベース(SSB)」という「避難所滞在は困難だが、
入院適応にはなし」という患者の収容箇所を石巻ロイヤル病院に20床確保し、その利用を促す報告があった。
現在は5床埋まる。手元の予定表で明日の午後は当班が担当であることを確認。

kawa-5.jpg

再び車に載って仙台のホテルへ向かった。
前班からの申し送り通りIC[鳴瀬奥松島-仙台東]で高速料金を支払う。
20時頃仙台到着.翌朝の集合時間を確認して部屋に入り、SOYJOYとお菓子を食べて夕食にした。





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